Gold Column ゴールドコラム

古代ユーラシア大陸の民族の
金(ゴールド)と装飾品のお話

ユーラシア大陸には古代より様々な民族が存在しました。
そのうちのいくつかの民族の金(ゴールド)や装飾品の文化についてご紹介します。

スキタイ人の場合

元来中央アジアを拠点としていた遊牧騎馬民族、スキタイ。
彼らは紀元前7世紀から紀元前3世紀に渡り、黒海北岸を中心にユーラシア大陸の中央を支配していました。

彼らの装飾品の素材としては主に金(ゴールド)が用いられ、当初は単純な加工法のものが多かったようですが、
紀元前5世紀以降には中東やギリシアとの文化交流が盛んになり、細線細工や粒金細工といった金属加工技術も取り入れられるようになりました。

モチーフには動物文様が好まれ、首飾り、耳飾り、腕輪、指輪といったアイテムがあったようです。

彼らの完成された様式は、スキタイが滅んだ後も中央アジア方面の遊牧騎馬民族に受け継がれて行きました。

ケルト人の場合

ケルト人というのは、ひとつの民族というよりは
「ケルト語派に属する諸言語(現存するものはアイルランド語、スコットランド・ゲール語、ウェールズ語、ブルトン語)を話す人々」のことで、
紀元前6世紀頃から歴史に登場するヨーロッパの先住民族のことです。

初期の装飾品は金(ゴールド)や青銅を素材としたものでしたが、その後古代ギリシアとの交流が始まり、珊瑚や七宝細工なども用いられるようになりました。
様々な種類の装飾品が存在し、独特のものもあったようですが、その中でも「ルヌエラ」と呼ばれる半月形の金属板に装飾を施したものは、
今でもどのように使われていたかわかっていないのだそうです。

装飾品ということまでわかっていながら、どのように用いられていたかはわからないだなんて面白いですね。

ゲルマン民族の場合

こちらもケルト人と同様、細かくいうとひとつの民族ではなく「ゲルマン語派その他に属する言語を話していたと推定される諸部族」のことで、
こう呼ばれ始めたのは紀元前80年頃のことでした。

彼らの装飾品の素材には、金(ゴールド)、銀、青銅、半貴石、七宝細工、色ガラスなどが用いられました。
デザイン上では扁平な装飾版に幾何学的で色鮮やかな装飾が施されているのが特徴で、多くは身を飾るものというより実用品であったようです。
とはいえ、金(ゴールド)などの金属の細工や精巧な彫刻なども施され、優美なものであったとのこと。

こういった文化が、のちのヨーロッパの装飾品文化に影響を与えるのです。

参照文献
『黄金の世界史』/講談社
『図解 装飾品』/新紀元社