【ithのこだわり】みんなのオーダーメイド

みんなのためのオーダーメイド


世の中には様々な考え方や方法のオーダーメイドというものがありますが、ithが考えるオーダーメイドというものを一言で表すならば、「みんなのためのオーダーメイド」ということになるかと思います。

少しでも多くの人が、自分たちらしい、自分たちならではの結婚指輪を手にしてほしい、という考えに基づくものですが、ものづくりについて多少なりとも知識をお持ちの方の中には、言葉の矛盾を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

どういうことかというと、「みんなの」という言葉と、「オーダーメイド」という言葉の間には、対極となるような概念が含まれているということです。

選ばれし者のためのオーダーメイド


ジュエリー発展の歴史は、その時代時代の王族や貴族、大富豪などの富や権力と切っても切り離せません。

ジュエリーを生業とする商人や職人の多くは、そういった有力者のために才能と腕を奮って、特別なジュエリーを仕立てることで発展してきました。

現代でも世界を代表するジュエラーの多くは、そのような歴史を背景として成長しその世界観をつくりあげていますが、優れたデザイン、希少価値の高い宝石、そして卓越した職人の技術、そのようなものを投影しつくるものが特別であればあるほど、つくるために費やす労力や時間といったコストがかかり、それが価格にも反映されます。

さらに時の権力者にとっては、特別であればあるほど、高ければ高いほど、その力を誇示することにつながります。

時々、有名ジュエラーが数億円のジュエリーを制作、といったニュースがでることがありますが、オーダーメイドで一点もののジュエリーをつくるならば数百万〜数千万円、中には億といった単位で値段がつく、というのはそのような理由に基づいています。

今の世の中では'セレブリティ'という言い方が一般的かもしれませんが、そういった人たちにとって、オーダーメイドというものは、自分たちが特別な存在であるということを示すためのひとつの手段である、とも言えます。

極端にいうならば、資産や社会的ステータスを持つ選ばれし誰かのために、ひとつひとつ特別なものをつくる、という意味合いやニュアンスが「オーダーメイド」という言葉の中に含まれているということです。

冒頭で申し上げた言葉の矛盾というのは、「選ばれし者のため」の手段がオーダーメイドだとすると、「みんなのため」のという枕詞は論理的に辻褄が合わないじゃないか、ということです。

ithのチャレンジ


実際にものづくりに携わっている方はよくお判りだと思いますが、上記のような社会概念的なことは別としても、実際にひとつひとつのものを個別につくるためには手間暇とコストがかかります。

オーダーメイドと反対のものづくりとして、大量生産、いわゆる量産品というものがありますが、ひとつの型を作って同じものを10個だとか100個複製して売ればそのコストを1/10や1/100に分散することができるので値段を抑えることができますが、一つ一つ特別なもの、ということは実現できません。

とはいえ、一つ一つ特別ということだけを考えるとオーダーメイドの歴史が証明するように、特定の人だけのものにしか行き渡らないものなってしまう。

一人一人の特別なものを届けたいけれど、多くの人に手が届く金額にも抑えたい。

この矛盾をなんとか解消して、「みんなのためのオーダーメイド」を実現することが、ithが全力で取り組むべきチャレンジなのではないかと考えています。

例えば、リングの制作工程のうち、どのリングでも共通的な部分については量産技術を用いてコストを抑える。ITシステムを用いて仕様の伝達に伴うコストを抑える。

ものづくりに直結する部分だけでなく、お客様をお出迎えしご要望をお伺いするところから始まり、オーダー内容を固めて、情報を伝達し、実際にそれを制作する、すべての工程がつながっていないと実現できません。

そういう努力を重ねることで、みんなのためのオーダーメイドとそこから生まれる喜びを、少しでも多くの人に感じてもらいたいと思っています。

私たちは「たくさんよりも ひとつをたいせつに」という言葉を大事にしていますが、それは「たくさんorひとつ」という対立的な選択ではなく、両方を大事にしながら今までの常識とは違う第三の道を目指すということなのかもしれません。


吉田

ithで生まれた物語

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